指導者の裁量、了見

アフガニスタンである米兵がイスラム教の聖典であるコーランを焼き払った、これはイスラム教徒にとって決して許されない野蛮な行為なのだと思います。
米国大統領は、アフガニスタン国民に対して、「謝罪の意」を表明したが、いまだに抗議行動が広がっています。

一方、名古屋市長は、「南京大虐殺はなかった」と頓珍漢なことをいって中国人からひんしゅくをかい、開き直っている。東京都知事は、名古屋市長の発言を支持すると、これまた、恥の上塗りで、救いようがない。

また、違憲の思想調査につづいて市職員の業務メールをこれまた不法・不当にのぞきみようとしているリーダーもいる。テレビで「のぞきみするようなしょうもない趣味なんかないですよ」といっている場面が報じられていたが、「のぞき」なのではないかとつっこまれたにちがいない。

米国の大統領をもちあげるつもりはありません。私自身、米国大統領にたいして異議は山ほどありますから。

しかし、通用しない考えを押し付ける傲慢なリーダーと一人の国民の恥ずべき行為にきちんと謝罪できるリーダーがいる・・・どちらがリーダーとしてふさわしいでしょうか。私は、「通用しない考えを押し付ける傲慢」な方は、人間として失格なのではないかと思うのです。つまり、リーダーである資格もまたないと。